普遍の愛

全てが「愛」。全ては表面的な「愛の結晶」。そして、「普遍」。。。

私たちが普段「愛」と聞くと、他人、何かにたいする、「愛情」「愛しさ」「思いやり」などが

うかぶだろう。そして、「関係の愛」。受け取ったり、与えたり、分離の現実で起きている。

ただ、これはどれも、変化し続け、涌いては消える、感情。そして、個人と言う幻想の存在は

はこれを自分の感情だと当たり前に思い、感じる。

この永遠に続く、涌いては消え、変化し続ける現象に影響され続ける存在には、永遠に真の自由は

おとづれない。それは、起きている現象は淡々と起きていき、それがどんなことであっても避ける

ことはできないから。

そして、「もう一つの可能性」、それは「真の自由」に対する可能性。

それは、「変化し続ける現象界で、一生懸命自分を守ろうと、なんとか次の瞬間を今よりも良くし

ようとしている存在は、元々存在していない。」という新たな可能性。

人類にとって、革命的で、驚異的で、なんてエキサイティングな、可能性だろう。

全ての中に、この「どうにかしよう」とするエネルギーが解けていったとき、元々ある

「普遍の愛」だけが残る。

「愛」がすべて。。

 

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3 thoughts on “普遍の愛

  1. mk

    菜穂さん、こんにちは(^^)
    元々存在していないのに、この存在している私は何なんでしょうか?
    やはりエネルギーですか?
    そうならエネルギーとは何でしょうか?
    んー不思議です(笑)
    答えがあるなら教えて欲しいです。

    Reply
    1. nahoowada

      こんにちは。人は、自分が存在していると確信していますが、そこが幻想ですよ。そして、答えはどこにもないの。。。永遠に知れない不思議だけが残ります☺️ そして、それをみんなもとめています。with love, xx

      Reply

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