『世界が消えたときにある世界』

9月19日にコラボ講演会を行います。

雲黒斎さんと阿部敏郎さんと菜穂の三人での初コラボ講演です。

タイトルが、

『世界が消えたときにある世界』

黒斎さんが考えてくださいました。

私はまだ、全く面識がありませんが、阿部さんから噂には良く聞いています。

今からどんな会になるのか、とてもワクワクします。

きっと、とても熱い会になるのではないでしょうか☺️

ライブの素晴らしさを是非感じにきてみてください。

お申し込みは、阿部敏郎さんのブログからになります。↓

http://abetoshiro.ti-da.net

ちなみに、今私は、イタリアのトスカーナに来ています。

太陽がすごく強くて、今日もとても暑くなりそうです。☀️

どこに居ても同じですが、全く同じ表現が一つもないライフ。

Life is Miracle !!

阿部敏郎さんとコラボ講演会決定!

阿部さんとは、ナチュラルスピリットの雑誌の対談の企画でお会いしたのがきっかけで、

それ以来、いろいろと大変お世話になっています。

ただ、実際にお会いしたのは、対談のときの一回だけ。。。(笑)

なので、次回のコラボ講演会が、実際にお会いする2回目になります。

私も、皆さんと同じくらい、とても楽しみです。

どんな講演会になるのか、ワクワクしますね。☺️

申し込みは、明日からになります。

昨日の彼のブログにもコラボ講演会のことが書かれています。

ブログも素晴らしい内容でしたよ

阿部さんのブログはこちらです。↓

http://abetoshiro.ti-da.net/e7708837.html

 

 

「何も起きていない永遠が常に存在する」へのコメント

何人かの方から、同じようなコメントがありました。

何も起きていない永遠が常に存在する。。。と聞いて、ショックを受けた人や、虚無感を感じたと

言うコメント。

世界中の個人が求めていることは、永遠に愛を感じることでも、安らぎを感じることでもあり

ません。それは、移り変わる経験であり、永遠ではないから。

個人が求めていることは、経験ではありません。

個人がたった一つだけ求めていることは、分離の終わり、満たされた全体だけです。

それは、起きていて、同時に何も起きていない永遠です。

ただ、個人はこの言葉の本当の意味を理解することは出来ません。

それは、個人が、この言葉を想像、思考、感覚でつかもうとするから。。。

何も起きていない現実に、虚無感を感じてしまうのは、そこに「幻想のわたし」がいるからです。

分離の目で、何も起きていない永遠を見ようとしているからです。

全体、無条件の愛の中に、私という個人的エネルギーが解けて消えたとき、

何も起きていない永遠が自然と明らかになります。

 

 

 

 

全ては、ただ淡々と起きていること。。。

起きていることに、意味はないし、目的も無い。

勿論、分離も無いし、どこかに向かえる次の瞬間も、向かえる場所さえもない。

真の自由さえ、人間が作り出したアイディア。それさえも、実際は存在しない。

なぜなら、真の自由を必要とする者がもともと存在しないから。。

ただ、一つだけおき得る真の思いやり、優しさがるとしたら、優しい言葉をかけることでも、

相手の気持ちをよくする為に何かをすることでもない。その場しのぎのことではない。

あるがままを指し示し、夢自体を壊すこと以外はきっとない。

それさえ、ただ起きていること。

そして、なにも起きていない永遠が常に存在する。。。

阿部敏郎さんと菜穂のストーリー

4月に、ナチュラルスピリットの雑誌の取材で、阿部敏郎さんと対談させていただきました。

それからすぐに「すでに愛の中にある」を読んでくださり、わざわざ感想を伝える為に

連絡をくださいました。

はじめは、彼が大人気のメッセンジャーであることは知っていたのですが、どのようなこと

を伝えているかよく知りませんでした。そして、

ノンデュアリティーのメッセージと同じことを30年の間、伝え続けていらっしゃるということを

知り、驚きと同時に、彼に出会えたことにとても大きな喜びを感じました。

そして、彼が、今までずっと同じことを伝え続けていたからこそ、今、ノンデュアリティーのメッ

セージがこんなに沢山の人に、しかも、すごいスピードで、自然と受け入れられているのだと感じ

ています。

阿部さんと菜穂のメッセージの伝え方は、キャラクターの個性が出るので、少し違うように感じる

こともあるかもしれませんが、指しているところは、いつも一つです。そして、お互いの「真の自

由」に対する情熱はまさに同じです。

阿部さんとの出会いは、このメッセージがより多くの人に広まっていくのに、これ以上ない最高の

出会いだと感じています。そして、彼の全面的なサポートに感謝の気持ちでいっぱいです。

先日の阿部さんのブログにも書かれていましたが、2ヶ月以内にとても

面白いことを見せてくれるようです。阿部さんは、何時もいろいろなことでみんなを

驚かし、楽しませてくれる、天才かも☺️

 

さて、今日から、琵琶湖湖畔のリトリートの申し込みが始まりました。

一度満室になったようですが、また募集を再開したようです!

毎回、とても沢山の申し込み、本当にどうもありがとうございます。☺️

勿論、申し込みは阿部さんのブログからです。

彼の温かさを感じるブログには、他にはない不思議な魅力を感じ、私も良くチェックして

います。そして、何と言ってもいつも面白いところが大好き。

そんな阿部さんのブログはこちらです。↓

http://abetoshiro.ti-da.net

 

 

 

 

お知らせ☆

お待たせしました!

明日から、琵琶湖畔温泉リトリートの受付を開始します。

日程は、9月10~13日 3泊4日です。

素敵な温泉宿です。

みんなでこのメッセージをシェアーできるチャンスです。

とても楽しみです。

また、阿部敏郎さんのサイトから申し込みとなります。

阿部さんのブログはこちらです。↓

http://abetoshiro.ti-da.net/e7680794.html

私は、明日からプラハ、そのあとすぐにポーランドに、トークに行ってきます。

ライブトークはとてもパワフルで、会場に来ている方は、殆どみなさんそれを感じていると思います。

今は、ヨーロッパのスケジュールが忙しいので個人的な質問Mailにお答えできません。

ごめんなさい。

そして、このメッセージの本質は、理解ではありません。

勿論、理解することが起きますし、質問が涌けば聞くことがナチュラルなことです。

ただ、一つだけ指し示していることは、理解の先にあることです。

それが、ライブのトークでは感じられると思います。

今回の日本のイベントのこられる方は、トーク中に好きなだけ質問してくださいね。☺️

皆さんにお会いするのを楽しみにしています。

with lots of love,

菜穂

 

質問

いろいろな動画を見させていただいてます。^ ^
ありがとうございます。
質問をここに書いてよいのか、ちょっとわかりませんでしたが、英語がよくわからないのでσ(^_^;) 違っていたら、スルーしてください。m(_ _)m
菜穂さんが、辛い経験をされている方の質問に『その感情、感覚の中に自由がある。』とおっしゃっていましたが、そこがよくわかりませんでした。どういうことなのか、もう少しご説明をお願いできますか? あともう一つ、『すでに全ては完璧』とおっしゃいますが、今苦しさを感じている個人としては、これが完璧でこれ以上変えられない、と言われると、この苦しみを今私が感じることが全体としては完璧なことで変えられない…ということなのでしょうか?
お時間がありましたら、ブログの中ででもちょこっとお答えいただけたら嬉しいです。

菜穂 「感情の中に自由がある」と言うのは、実際はそこしか無いからです。

そして、「悲しみ」の感情自体は、苦しんでいませんね。

「怒り」の感情の中には苦しみはありません。

個人は、全てを所有します。そして、それが自分に起きているとどうしても感じてしまうので、辛い経験から逃げようとします。でも、起きていることからは逃げられません。

でも、実際は、起きていること自体には、苦しみは存在しないのです。

もし、苦しみを感じていることが起きていれば、それも既に起きていることで、

それ以外はおき得ないということです。個人がどんなに理不尽に感じることでも、

ライフは間違えることはありません。

なぜなら、それしかないから。

そして、苦しみを感じていることも、ライフの表現です。

どんな現象にも、個人的はことは一つもないですよ。

ブログへのコメント

「私」が居なくなるとは、全体性にそ偏見がは溶け込み、そこには“愛する者がいないので、愛がなされているとは言えないのでは、
また、すべてを愛したい、愛するがゆえに、偏った嗜好性を持てない、それは、何者にも、何物にも成れないので、何もどこにも“行い”が出来ない。
すべてを平等に偏らず同時に愛するがゆえに、その愛する者は、何かには、限定された性質には成れない。成ってしまったら、それは現れているものたちと同じ個性を有する者に成ってしまう。
すべてを愛するがゆえに、自分という概念は存在出来ない。それは「愛する者」が「愛」自体に成ったが、戻ったが、それは何も譬えられる性質が無いこと、偏れない自分に成って行くこと。
「愛」に成る=「愛」などというものでもない。何も無い。という事実があるだけ。
我々は、気づきの数々は、愛の中になんかにはいない。それはこちら側の都合の良すぎる解釈に過ぎないと思います。
菜穂
そのとおりですね。実際は、「愛」も言葉であり、ある一つの表現だけで、あるのは、一つの何も
無い空間が全てとして現れているだけです。それだけしかありません。
そして、言葉は二元のものです。どんな言葉を使っても、あることをさしているポインターでしか
ありません。そこに、本当の意味は無いですよ。
ただ、ここで言っている愛は、無条件であり永遠です。それは、個人が居なくなると自然と明らか
になることです。
しかし、この愛を知り得る人は誰も存在しません。それしかないですから。。。

夏のツアーの申し込み☆

いよいよ、今日から夏の各地でのイベントの申し込みが始まります。

残念ながら、石垣島のリトリートの申し込みに間に合わなかった人、ごめんなさい。

まだまだ、御殿場のリトリート、サットサン、講演会、と他にもいろいろなイベントがあります!

こちらも、阿部敏郎さんのサイトからの申し込みになります。

どのイベントもきっと素晴らしいイベントになると思います。

夏に皆さんにお会いするのを楽しみにしています☆

with love,

菜穂

 

 

 

あるのは愛だけ

All there is is love

Can’t be away from love you ever look for.

You are already in that, in love you ever look for.

and yet, you never going to find what you ever look for.

because there is no one there to find it….

This is amazing paradox for nobody…. 🙂

あるのは、貴方がいつももとめている愛だけ。

その愛から一度も逃げることは出来ない。

貴方は、すでにその求め続けている愛の中にいる。

ただ、貴方が、この愛永遠に見つけることはない。

なぜなら、そこにはその愛を見つけられる誰かはいないから。

ライフは、誰に対してでもない、素晴らしすぎるパラドックス☆